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福岡高等裁判所 昭和33年(う)1391号 判決 1960年3月02日

控訴人 被告人 松隈攜 外一名 弁護人 諌山博 外三名

福岡地方検察庁小倉支部検察官検事 水之江国義

検察官 高橋道玄

主文

原判決中被告人両名に関する部分を破棄する。

被告人両名を各禁こ二月に処する。

但し、本裁判確定の日からそれぞれ一年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用の二分の一及び当審における訴訟費用全部は、被告人両名の連帯負担とする。

被告人両名の各控訴を棄却する。

理由

被告人両名の主任弁護人諌山博の陳述した控訴の趣意は、同弁護人及び弁護人大家国夫、同小林直人、同清源敏孝連名の控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官高橋道玄の陳述した控訴の趣意は、福岡地方検察庁小倉支部検察官事務取扱検事川口光太郎名義の控訴趣意書に記載のとおりで、これに対する主任弁護人の答弁は、右弁護人四名連名の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

第一、弁護人等の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

一、(イ)、論旨は、先ず、原判決は、本件ピケツテイングは車掌が門司車掌区に出務して来るのを実力で阻止するために行われたかのように認定しているが、右は本件ピケの任務ないし目的を完全に誤認したものである。鉄道公安職員が同車掌区に来るまでのピケはその人数も多い時で八十名位、少い時で二、三十名位で、休暇闘争のやり方が、休暇闘争の責任を組合員個人に負わせず、組合の上部機関に集約させる目的と、併せて組合員が統一的な団体行動をとるという二つの狙から、休暇をとる組合員は、一応車掌区にやつて来てピケ隊員の指示誘導により南栄寮に集合することとなつていたので、ピケの役割といえば、車掌区に出勤して来る組合員を南栄寮に誘導するというだけのものであつたのであり、見張りというにも値しない位平穏なピケツテイングであつて、車掌の出務を実力で阻止する考は少しもなかつたものである。当日車掌の出勤者が少なかつたのは、休暇手続をとつた組合員の自由意思によるもので、ピケ隊員の妨害によるものではなかつた。ところが四一列車の発車をめぐる紛争が起り、その後門司車掌区で鉄道公安職員のピケ破りが行われるという情報が入つたので、その後はピケ隊の様子が変り、車掌区前のピケ隊員も百名位の人数となり、二重三重に並んだり、スクラムを組んだりしたが、これは鉄道公安職員のピケ破りに備え、鉄道公安職員の暴力的なピケ破りに対抗する為であつて、それにより出勤して来る組合員や非組合員の入場を阻止する考は初よりたかつた。鉄道公安職員と一緒に助勤車掌が来ることも組合には判つていなかつたから助勤車掌の出務を阻止する目的もなかつた。団体行動権の行使に対する鉄道公安職員の挑戦からピケを守ろうというだけの目的から右のようなピケの方法に変えられたに過ぎない旨主張する。

よつて記録を調査して按ずるに、いわゆる四一列車の発車をめぐる紛争が起る前までの門司車掌区前における本件ピケツテイングが比較的平穏であり、出務して来る車掌を実力で阻止したりした事情が窺われないこと所論のとおりであるが、原判決挙示の証拠を綜合すると、門司車掌区におけるいわゆる第四波闘争としての本件休暇闘争は、国鉄労働組合(以下国鉄労組と略称する。)が昭和二十九年十月以来国鉄(日本国有鉄道の略称、以下同じ)当局に対する団体交渉権の正常化、新賃金、年末手当増額等の要求を貫徹することを目的とした年末闘争の一環として国鉄労組中央本部闘争委員会の指令にもとずき、当時被告人松隈を最高責任者とする国鉄労組門司地方本部において企画実施したもので、門司車掌区に勤務する同組合員たる各車掌をして同年十一月二十五日より二十七日までの三日間に各一日宛の休暇をとらせる、即ち右三日間に毎日三分の一宛が休暇をとるよう一斉に休暇請求をさせ、よつて列車のダイヤを混乱に陥しいれて国鉄当局に打撃を与え、もつてその反省を促すことを狙としたものであること、組合員たる各車掌の休暇請求は、組合役員において各車掌から右三日間の内一日の休暇を請求することとして休暇請求用紙にそれぞれ押印させ、右休暇闘争に入る前日の同月二十四日午後四時頃になつて組合役員から休暇請求書を一括して同車掌区長に提出してなされたものであり、右三日間の内いずれを休暇日とするかは組合の統制下におかれていて、休暇請求者個々においてはこれを指定することなく、又予め休暇日を告知されてもおらず、車掌区に出勤して初めて組合幹部より告げられて知るようになつており、前記一斉休暇請求は即座に同車掌区長より業務に支障を来たすことが明らかであるとして拒否され、各車掌には同車掌区より予定どおり出務するよう電報により通知されたので、各車掌は予め指定された勤務割に従つて出務すべく同車掌区に出勤したこと、及び被告人等は右のとおり休暇請求が拒否されたに拘らず、既定の方針に従い休暇闘争を強行することとし、同日午後十一時半頃より同車掌区前広場の一劃に張つたテント内に現地指導部を置き、多数の組合員をして同車掌区の表玄関、裏出入口前その他門司駅構内の要所々々にピケツトラインを張らせ、同車掌区においては、ピケツト隊員をして出勤して来る車掌等を一応全部同車掌区内に入場させないでこれを説得して右テント内の現地指導部に行かせるよう指導し、ピケツト隊員の説得により現地指導部に来た車掌等については、被告人等現地指導部員において当日の休暇要員であるか否かを確め、休暇要員に対しては闘争計画に従い休暇をとつたこととして出務しないよう説得した上組合員をして南栄寮に誘導せしめたことが認められるし、これ等説得された車掌等は、強いて出務しようとしてもピケツト隊員により実力で阻止されること必定と見てやむなくこれに応じて出務を中止し南栄寮に誘導されたもので、かかるピケツトによるいわゆる説得がなかつたならば予定された勤務割のとおり出務するつもりであつたのであつたことが窺われる。従つて、所論のように、本件ピケツテイングは、休暇闘争の責任を個々の車掌等に負わせないで組合の上部機関に集結させ、且つ組合員が統一的な団体行動をとることをも狙としたものであることも窺われないわけではないが、その実質的な目的は前記三割休暇闘争を実施するにつきこれを実効あらしむべく出勤して来た車掌等をして当日休暇をとつたこととして出務させないための就労阻止にあつたものであり、ピケツト隊員はこれを任務としたものであると解せざるを得ないし、又休暇請求の手続が叙上認定のとおりであるので、誰が休暇をとるのか、休暇日を何日とするかは、原判決の説示するとおり「組合の戦術的判断に左右され」組合員各個の自由意思により自由に決めたものではなく、殊に休暇請求自体個人の任意の希望によるものでないことが明らかであるので、「休暇請求権者の意思は著しく後退している」というべきであり、所論のように「当日車掌の出勤者が少なかつたのは、休暇手続をとつた組合員の自由意思によるもの」とはなし難い。所論のいわゆる四一列車の発車をめぐる紛争後、ピケツト隊の様子が変り、約八十名のピケツト隊員が門司車掌区玄関前に二重三重に並びスクラムを組むにいたつたことは所論のとおりであるが、原判決挙示の証拠によると、右は従来のピケツテイングの目的を変えたわけではないが、四一列車発車後被告人松隈が門司鉄道管理局総務部総務課長八川光男の今度は車掌区に行くと言つた言葉を聞き、四一列車発車時の紛争状況にかんがみ、助勤車掌を鉄道公安職員に援護させて車掌区に出務させるものと察知し、急拠車掌区前の現地指導部に立帰り、これを実力をもつて阻止するため右のようなピケツトラインを張らせたものであること、いわゆる四一列車の発車をめぐる紛争とは、本件休暇闘争により多数の運転休止、運転遅延列車を生ずるにいたつたので、東小倉車掌区より二名の車掌を代務にとり、その中平野助勤車掌が当日午後四時半頃折柄門司駅一番線に入場し、運転車掌に休まれて発車できずにいた四一列車に乗務を命ぜられて乗車しようとした際、同駅一番ホームにおいてピケツト隊員が同車掌の前にスクラムを組み押し返す等して実力をもつて乗車を阻止したので、同車掌の乗務を援護せんとする鉄道公安職員等との間に揉合となり、結局平野車掌は右鉄道公安職員等の援護により乗車することができて四一列車は発車し、ピケツト隊は右乗車阻止の目的を達しなかつたことを指すものであるところ、国鉄当局側においては、今一名の助勤車掌太田文治を門司車掌区に出務させねばならず、これについては右四一列車の例から当然被告人等の指揮するピケツト隊員に阻止せられることを予想し、鉄道公安職員に太田助勤車掌の出務援護を命じたこと、よつて長野実教外二名の鉄道公安職員が前記八川総務課長等と共に太田助勤車掌に附添い同車掌区前にいたつたところ、前記のとおり約八十名のピケツト隊員が同車掌区玄関前に二重三重に並び、且つスクラムを組んで三角形に隊形をとり、同玄関を塞ぎ乍ら組合歌を高唱して気勢を挙げていたので、八川総務課長等において被告人松隈及びピケツト隊員に対し、数回助勤車掌の通行方を申し入れたが、同被告人等はこれを拒否し、ピケツトラインを解かなかつたことが認められるので、本件ピケツトは太田助勤車掌の同車掌区への出務就労を阻止する目的で張られたものということができる。仮に所論のとおり、被告人等が太田助勤車掌が同車掌区に出務して来ることを知らなかつたとしても、右のとおり同車掌が八川総務課長及び長野実教鉄道公安職員等に附添われて現に同車掌区前に来ているのを見、且つ八川総務課長等より同車掌の通行方を申し入れられているので、これにより同車掌の出勤を知り、なお右申入れを拒否して依然ピケツトラインを解かず、スクラムを組んだピケツト隊員約八十名の結集した力により同車掌区への入場を阻んでいたものであるから、右ピケツトラインは、太田助勤車掌の同車掌区への入場を阻止することを目的とし張られたものであるといりを憚らない。従つて原判決には所論のような事実の誤認はない。

(ロ)、論旨は、次に、原判決は、ピケツト隊員達に対し太田車掌の通行方を申し入れたが、現地指導者たる被告人松隈等にこれを拒否せられた旨認定しているが、左様な事実は全くなく、右は事実の誤認である、と主張するが、既に前段説示のとおり、八川総務課長等において被告人松隈及びピケツト隊員に対し太田助勤車掌の門司車掌区への通行方を申し入れ、拒否された事実が証拠上明らかであるので、原判決に所論のような事実の誤認ありとするに由ない。

(ハ)、論旨は、更に、原判決が被告人松隈、同渡辺等は約八十名のピケツト隊員と共に鉄道公安職員等に対しスクラムを組んだ旨認定しているのは事実の誤認である、と主張するのであるが、原判決挙示の証拠によると、所論も認めるとおり両被告人共ピケツト隊の一員であるのみならず、被告人渡辺は逮捕される直前頃ピケツト隊員によるスクラムに加わつて共にスクラム、組んだ事実が認められるし、被告人松隈も亦逮捕直前鉄道公安職員等と激しく揉み合つていたピケツト隊員の中に入り鉄道公安職員等と相対した事実が窺われるので、原判決は、これ等の事実にもとずき同判示のとおり認定したものと認められるから、その措辞やや簡に過ぎるきらいはあるが、これを以つて事実の誤認とすることはできない。

二、論旨は、次に、原判決は、被告人松隈が鉄道公安職員原田武司の肩を突き、その上膊部を叩いた旨認定しているが、左様な事実は全くなく、右は明らかな事実の誤認である、というのであるが、原判決挙示の証拠中原審証人原田武司及び同山下慶治の各証言によると、右事実が十分肯認できる。尤も右両証人の各証言は、所論のとおり微細な点で必ずしも符合せず、又他の証人の証言と喰違いがあるが、少くとも右暴行の事実に関してはこれを不一致であるとは言えず、当審における事実取調の結果(昭和三十四年十月十六日施行の検証調書、証人原田武司、同山下慶治に対する各尋問調書)に徴するも、右各証言は措信できないものではなく、為にせんがための虚偽の供述とは認められない。従つて原判決には所論のような事実の誤認ありとすることはできない。

三、論旨は、又原判決は被告人渡辺が鉄道公安職員船倉安治の右脚を蹴つた旨認定しているが、左様な事実なく、右は事実の誤認である、というのであるが、原判決挙示の原審証人船倉安治及び同竹之下勇の各証言によると、右暴行の事実を認めることができ、右両証言は当審における事実取調の結果(昭和三十四年十月十六日施行の検証調書、証人船倉安治、同竹之下勇に対する各尋問調書)に徴するも措信し得ないものではなく、殊更虚偽を述べたものとも認められない。所論指摘の弁第八号の七の写真に撮られた情景が、被告人渡辺の行動に関し、右証人二名の供述するところと一致しないとしても、右写真は多数の者が狭い門司車掌区玄関前に激突して押しつ押されつの激動中における一瞬の場面に過ぎないものであつて、かかる状態の一瞬があつたことは間違いないとしても、これを以つて右両証人の供述する如き状態がなかつたとすることもできない。その他所論指摘の右両証人の供述と相反する証言等は、原審の措信しなかつたところであり、原審の右措置に何等証拠法則違背の廉ありとも思われないので、所論は採用できない。従つて原判決には所論のような事実の誤認は存しないものとしなければならぬ。

以上説示のとおりであるから論旨はすべて理由がない。

第二、検察官の控訴趣意第一(事実誤認及び法令適用の誤の主張)について。

論旨は、原判決は、被告人等に対する公訴事実中、「被告人等四名は、ピケツト隊員多数と共謀の上、鉄道公安職員に対し、スクラムを以つて体当りを加えて押返す等の暴行を加え」たとある部分につき、被告人等四名が共謀の上、門司車掌区事務所玄関前においてスクラムを組み鉄道公安職員の車掌区への入場を阻止しようとしたことは認められるけれども、本件ピケツトラインの如く、スクラムを組み消極的に鉄道公安職員の車掌区への入場を阻止するに止まる場合は有形力の行使(積極的暴行)があつたと認めることができないとして、この部分につき無罪の判断をなしたが、原審証人原田武司、同竹之下勇、同長野実教、同山下慶治、同船倉安治、同広田義正、同野中定次、同酒瀬川信盛、同村上隆、同田代哲雄、同右田英治の各供述、冷牟田治利の原審公判廷における陳述、名田重喜、小城健次郎、川野正一、田代哲雄、菅末俊、秋山光及び被告人渡辺英生の検察官に対する各供述調書を綜合すると、約七十名の鉄道公安職員が太田助勤車掌の出務を援護する目的をもつて、その職務の執行として約八十名のピケツト隊員からなる強固なピケツトラインを排除しようとするに際し、被告人等はピケツト隊員多数と共謀の上右鉄道公安職員に対し、全員一致の力を利用して数回に亘り強力にこれを押返す所為を繰返したものであることが認められ、決して原判決のいう如くスクラムを組み消極的に鉄道公安職員の車掌区への入場を阻止したものではなく、正に有形力の行使(積極的暴行)をなしたものといわなければならない。弁護人側証人中には、右に反する供述をしている者もあるが、単なる弁解に過ぎず措信に値しない。従つて原判決の右判断は事実を誤認し、且つ刑法第九十五条の解釈適用を誤つている、というのであり、これに対する弁護人等の答弁の要旨は、検察官の論旨にも認める如く、多数の組合員や、本件闘争と何等関係のない第三者の原審における証言によると、ピケツト隊員による押返しはなかつたと言つており、この証言こそ措信するに足るものであり、原審が被告人等の押返し行為を認めなかつたのは洵に相当である。仮に組合員の中で鉄道公安職員を押返した者があつたとしても、被告人両名には何等押返した事実なく、又被告人両名は事前に個人的暴力行為を戒め、それをピケツト隊員に徹底させるよう努力を尽しているから、右は被告人等の意思に反した行為であり、これと共謀したものとすることはできない。従つて検察官の控訴趣意は理由がない、というのである。

よつて按ずるに、弁護人等指摘の原審証人後藤竜介、同長谷部忠士、同肥田武和、同田原憲治、同曾根崎国臣等が、ピケツト隊員は全然無抵抗であつた旨、若しくは鉄道公安職員に押されたのが原型に復した状態又は押されて退つた形で踏みこらえる形であつた旨、の供述をしており、同人等は本件休暇闘争とは無関係の第三者で職業的な観察者であつたことも弁護人等所論のとおりであり、その他弁護人等申請にかかる原審証人の多くが右に添う旨の供述をしているけれども、検察官指摘の前記各原審証人の証言、冷牟田治利の原審第二回公判における陳述及び各検察官調書の記載を綜合すると、被告人等の指揮するピケツト隊員等が、ピケツトラインを排除すべくこれを押しのけようとする鉄道公安職員等に対し、これを破られまいとしてスクラムを固め全員相協力して一致の力をもつて踏みこらえたり押返したりする行為を繰返した事実が十分窺われ、右原審証人中村上隆及び右田英治は弁護人等申請にかかる証人であり、更に弁護人等申請にかかる原審証人石田貫志、同佐々木昌利、同土屋平八郎の供述中にも一部右に添う旨の供述があり、右は措信するに足るものと思われるので、ピケツト隊員等に協力して鉄道公安職員等を押返す所為を繰返した事実があつたものと認定するのが相当である。弁護人等指摘の前顕各原審証人等のこれと相矛盾する供述は以上の各証拠に照らし措信し難く、その他弁護人等申請の原審証人の各証言中弁護人等の主張に添う旨の供述は弁解に過ぎないものと思われるので採るを得ない。而して本件ピケツトラインが被告人等現地指導者の指揮の下に張られたものであり、実力をもつて太田助勤車掌の門司車掌区への入場を阻止する意図に出でたものであることは前記第一の一の(イ)において説示したとおりであり、被告人両名も右ピケツトラインに参加したことがあることも前記第一の一の(ハ)において説示したとおりであるので、被告人両名が鉄道公安職員等を押返す所為につきピケツト隊員等と共謀関係にあつたものであることが明らかであり、被告人等がピケツト隊員に対し個人的暴力を厳に戒めた事実も記録上窺われるけれども、スクラムによる押返し行為まで禁じた趣旨とは思われないので、右は何等前記認定の妨となるものではない。果してそうだとすると、当初鉄道公安職員等の方からピケツトラインに対し押込んで来たものではあつても、これに対する被告人等の前示押返し行為は、これを有形力の行使として積極的暴行と解するのが相当であり、単に「スクラムを組み消極的に鉄道公安職員の車掌区への入場を阻止するに止まる」ものとして有形力の行使と認めず、無罪の判断をした原判決は事実を誤認し、引いて刑法第九十五条第一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、右誤認並びに法令誤用は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるので、論旨は理由がある。

第三、弁護人等の控訴趣意第二点(被害者の身分に関する法令適用の誤の主張)について。

論旨は要するに、原判決は、被告人両名が鉄道公安職員原田武司及び船倉安治に暴行を加えて、「鉄道公安職員の公務の執行を妨害したものである」旨認定して、これに刑法第九十五条第一項を適用しているが、被害者たる原田及船倉両鉄道公安職員は同法条にいう「公務員」ではないから、原判決は法律の適用を誤り、その誤は判決に影響を及ぼすべきこと明らかである、というのである。

よつて按ずるに、国鉄は、昭和二十四年六月一日以降は、従来国が純然たる国の行政機関により国有鉄道事業特別会計をもつて経営して来た鉄道その他の事業を、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として設立せられ(日本国有鉄道法第一条)た公法上の法人(同法第二条)で、いわゆる公共企業体であり、一般の行政機関と異なり国に対し自主性を有する点もあるが、その資本金は全額政府の出資にかかり(同法第五条)、極めて高度の公共性を有しているため、国の可なり広汎な統制権下におかれているのである。即ち、国鉄は運輸大臣の監督下におかれ(同法第五十二条)、その業務の運営は内閣の任命する経営委員会の指導統制に服し(同法第九条以下)、その総裁は内閣が任命し(同法第二十条)、その予算は運輸大臣及び大蔵大臣の検討及び調整を経て国の予算と共に国会に提出され、国の予算の議決の例により国会において議決され(同法第三十九条の二以下)、会計は会計検査院が検査する(同法第五十条)こととなつている。又国鉄の職員も日本国有鉄道法の施行と共に、運輸省職員として国に対し特別権力関係に立つていた従来の地位をある程度脱却し、国鉄と私法関係に立つ点があるけれども、元々運輸省職員から移行したものであつて、その身分関係は一般の営利会社の職員と全く同様のものとなつたのではなく、その服務基準、身分の保障及び懲戒等の関係において国家公務員的性格を有するものとされ(同法第二十九条以下)恩給法、国家公務員共済組合法、健康保険法、国家公務員災害補償法、失業保険法等の関係においても公務員的取扱を受けているのである。以上のような国鉄の法律的性質に基ずき、且つ限定された範囲においてではあるが国との特別権力関係に立つ国鉄職員の法律的地位に関連して、国鉄職員は、法令により公務に従事する者とみなされている(同法第三十四条)のである。所論は、同法第三十四条は、国鉄の「役員及び職員は、それ等の者が刑法その他の罰則の適用を受ける場合にはこれを公務員とみなす」という趣旨に解すべきであり、それは身分犯である収賄罪、職権乱用罪を身分のない者に対しても適用する為にもうけられたものであり、職務の清廉性を担保することが目的であつて、それ以外の第三者に対し職務を保護する目的はいささかも含まれていない、と主張するが、独自の見解に過ぎないものであつて、同法条の文理上かかる解釈を容れる余地がないのみならず、前説示にかかる同法条がおかれた根拠を全く無視し、同法条の実質的意義を没却せんとするものであるから左袒できない。即ち国鉄職員は法令により公務に従事する者とみなされるから刑法第九十五条第一項にいわゆる「公務員」と解するのが相当であり、これと同趣旨に出でた原判決の認定は相当であり、論旨は理由がない。

第四、弁護人等の控訴趣意第三点(被害者の職務に関する法律適用の誤の主張)について。

論旨は要するに、原判決は、被害者たる鉄道公安職員が被告人両名の暴行によりその執行を妨害されたとする公務の内容を、鉄道業務の円滑な遂行を侵害するピケツトラインの就労阻止態勢を排除することとしているようであるが、鉄道公安職員には実力でピケツトラインを排除する職務権限はない。原判決は鉄道公安職員基本規程第三条及び鉄道営業法第四十二条第一項第三号、第三十七条により鉄道公安職員にそのような職務権限があると説示しているが、右規程は一片の国鉄総裁達に過ぎず、憲法第三十一条にいわゆる法律ではないから、右規程から鉄道公安職員の実力によるピケ排除の職務権限は引出せない。又鉄道営業法第四十二条の退去せしむる権限は退去の要求ができるだけであつて、実力をもつて退去せしめることができるとしたものではない。本件ピケ隊員は同条にいわゆる旅客公衆に当らず、鉄道公安職員は同条にいわゆる鉄道係員には該当しない。本件ピケラインは、正当な団結権、団体行動権の行使又は言論の自由にもとずく説得行為として正当であるから同法第三十七条にいわゆる鉄道地内にみだりに立入りたる者に当らない。従つて右規程や法条はその根拠となり得ないものであるから、仮に被告人等が鉄道公安職員のピケ排除行為を暴行もしくは脅迫によつて妨害したとしても、公務執行妨害罪は成立しない。これに反する判断をした原判決は、鉄道公安職員の職務権限を誤解し、刑法第九十五条第一項の適用を誤つた違法を犯している、というのである。

よつて先ず本件ピケツトラインの正当性の有無につき按ずるに、前記第一の一(イ)において説示したとおり、本件三割休暇闘争は、結局列車運行に必要な車掌を休暇をとつたこととして出務させないで列車の運行を困難にし、もつて列車ダイヤを混乱に陥入れ国鉄当局に打撃を与えることを狙としたものであり、本件ピケツトラインは右休暇闘争に附随しこれを実効あらしめ、統制施行するためになされたもので、そのため車掌区に出務する車掌の車掌区への入場を阻止することを目的ないし任務としたものであるから、右休暇闘争は国鉄業務の正常な運営を阻害するものというべきであるので、公共企業体等労働関係法第十七条により禁止された違法な争議行為に当り、従つて又本件ピケツトラインもこれに附随するものであるから違法なものと言うべきであり、正当な説得行為と主張する所論には根拠なく左袒できない。ところで原判決は本件において違法なピケツトラインを張る行為は違法であるから、ピケツト隊員は鉄道営業法第四十二条第一項第三号、第三十七条により、妄りに鉄道地内に立入つた者というべきであるとして、鉄道公安職員がこれを排除することは、鉄道輸送の円滑な遂行を侵害する者を排除するものとして鉄道公安職員の公務の執行に当るとしている。鉄道公安職員は国鉄職員であつて日本国有鉄道法第三十二条の規定に従つてその職務を遂行しなければならない。その職務権限は、鉄道公安職員の職務に関する法律による司法警察職員としての権限の外、鉄道公安職員基本規程に定むるところを内容とするものである。右規程によれば、鉄道公安職員は、国鉄の防護を任務とし、鉄道業務の円滑な遂行を侵害する者を進んで排除すべきであり(同規程第五条)、施設及び車輛の特殊警備、旅客公衆の秩序維持、運輸にかかる不正行為、荷物事故その他犯罪の防止などの外所属長の特命事項を履行することを職務とする(同規程第三条、第十条以下)ものであつて、鉄道職員の職務執行の保護もその職務に属する。従つて本件の場合特命により門司車掌区に出務する太田助勤車掌に附添い同車掌区への入場を援護すること及び被告人等外的八十名のピケ隊員による国鉄業務の円滑な遂行を侵害する行為を排除することは、当然その職務であるということができる。しかし本件ピケツトラインが前説示のとおり違法であるからと言つて、ピケツト隊員に対し鉄道地外に退去を求め、これに応じないため実力をもつて排除することは、特段の事情なき限り右規程に基いては許されないと解すべきことは正に所論のとおりである。そこで鉄道営業法第四十二条第一項を見るに、右規定によると鉄道係員は旅客公衆が同法第三十七条の罪を犯したとき即ち停車場その他鉄道地内にみだりに立入つたときは、これを車外又は鉄道地外に退去させることができるとしている。所論は本件鉄道公安職員は右にいう鉄道係員に該当しないと主張するが、鉄道公安職員は一般に叙上のような任務ないし職務を有するものであり、記録によると、本件当日鉄道公安職員等は国鉄労組の三割休暇闘争に備えて門司公安分室において第一種警備についていたもので、門司車掌区はその警備区域に属し、特に本件の場合、門司車掌区へ出務する太田車掌を援護すると共に、鉄道営業の円滑な遂行を侵害する者を排除すべき特命を受けて現場に臨んでいるものであるから、かかる鉄道公安職員はこれを右にいう「鉄道係員」に当ると解するのが相当である。そうすると次には、被告人等外約八十名の本件ピケツト隊員は同条にいわゆる「旅客公衆」に当るか、又「鉄道地内にみだりに立入つた者」ということができるか否かを検討しなければならない。もとより同条は一般旅客公衆を対象とするものであることは法文自体の明示するところであり、被告人等外八十名位のピケツト隊員が国鉄職員であることも記録上明らかであるが、本来同条は原判決も説示するとおり、みだりに鉄道地内等に立入つた者その他鉄道の秩序をみだす所為のあつた者を鉄道地内等より退去させることにより鉄道業務の円滑な遂行を確保しようとするものと解されるので、現に職務につき、その他正当の理由を有する鉄道職員がこれに含まれないことは当然であるけれども、鉄道職員といえども、その職務とは全く関係なく、而も不法な目的で、鉄道地内等に立入り、その他同条違反の所為があつた場合は、これを排除すべき必要のあること一般旅客公衆と何等異ることなく、これを除外すべき特段の理由も見出せないので、かかる特別の場合は鉄道職員の身分を有する者も一般の「旅客公衆」に当ると解するのが相当である。本件においてピケツト隊員の大半は門司車掌区又は門司駅以外の職場に勤務している者で同車掌区とは何等関係のない者であり、且つ本件休暇闘争のピケツト要員として前説示のおとり違法なピケツテイングをするため同車掌区構内に来会している者であつて、既に同車掌区長より同所を退去するよう要求を受けた事跡も記録上窺われるので、これを同法第三十七条にいわゆる鉄道地内にみだりに立入りたる者と解し得られないものでもなく、かかる場合これを同法第四十二条にいわゆる旅客公衆に当ると解してもあながち不当ではない。しからば同条が退去させることができるとした法意はどうであろうか。実力による強制にわたらない限度で同条違反者に退去を要求することができることはいうまでもない。問題は、同条により同条違反者に対し実力で退去を強制できるか否かにある。同条の法意を考えて見るに、鉄道営業は高度の公共性があると共に高度の技術性を持ち、且つ時間的にも厳格な正確性と迅速性を要求されており、これ等を確保することなくしては、その円滑な遂行は到底期待できない。従つてこれ等に障碍を来たす危険のある行為は鉄道営業の円滑な遂行を侵害するものとして即座に排除是正せられる必要があり、同法はその必要上同法第四十二条違反者をこれに刑罰を科するか否かは別として、車外又は鉄道地外に退去させることができるものとし、以つて鉄道営業の円滑な遂行を期したものと解されるので、その実効を期する為には、緊急その他特別の事由ある場合には絶対に暴行にわたらない強制は、実力によるものであつても、僅か車外又は鉄道地外に退去させるだけであるから、これをやむを得ないものとして容認する趣旨で、一般的に、実力をも行使して車外又は鉄道地外に退去させることができる旨規定したものと解するのが相当である。同条が右退去させることができる者を特定の職務権限を有する者に限定せず、当該鉄道係員にその権限を認めたのも右趣旨に出でたものと解される。果してそうだとすると、右退去させるとは単に退去要求に止まらず、緊急を要する場合その他特別の事由ある場合には実力を行使して退去させることもできる趣旨であり、かく解することは憲法第三十一条の趣旨にそむくものではないと解する。本件につきこれを見るに、被告人等の実施した本件休暇闘争により車掌の出務を阻止されたので、多数の運転休止、運転遅延列車を生じ輸送に混乱を来たしたので、やむなく東小倉車掌区より助勤車掌二名の応援を求め、内一名を四一列車に乗車させようとすれば前記第一の一(イ)において説示した如く被告人等の指揮するピケツト隊員により実力でこれを阻止され、今一名の助勤車掌太田文治を門司車掌区に出務させようとすれば同説示のように被告人等は約八十名のピケツト隊員と共に同車掌区前に強固なスクラムを組み組合歌を高唱して気勢を挙げ同車掌の入場を阻止しようと努め、通行申入れも拒否して応じないので緊急やむを得ず鉄道公安職員が実力により退去させるべく排除行為に出でたものであり、正に鉄道営業法第四十二条の許容する場合に当ると解されないことはない。果してそうだとするとこれを適法な公務の執行ということができるので、これと結局同趣旨に出でた原判決の判断は相当である。

以上説示のとおりであるから、原判決には所論のような法令適用の誤は存せず、論旨は理由がない。

第五、弁護人等の控訴趣意第四点の一(正当防衛の主張)について。

論旨は要するに、原判決は、弁護人の正当防衛の主張に対し、鉄道公安職員等がピケツトラインに突入したことは急迫不正の侵害とはいえないとしてこれを排斥しているが、右は正当防衛成立の前提たる事実を誤認したか、若しくは刑法第三十六条の解釈適用を誤つたものである。本件ピケツテイングは国鉄労組の中央指令に従つて当然休暇闘争に入ることとなつていた組合員を他の組合員が励まし説得し(言論の自由)、集会場に誘導し、併せて団結の威を示したもので、正当な団結権、団体行動権の行使又は言論の自由にもとずく説得行為として正当なものである。これに対し何等実力行使の権限がなかつた鉄道公安職員七十名位が集団をもつて突入し、その態様は積極的な攻撃であり、その侵害行為は現在の侵害であつたのであるから、被告人両名を含むピケ隊員の団結権、団体行動権及び組合員の身体、自由に対する「急迫不正の侵害」に当る。而して被告人等を含むピケツト隊員は、鉄道公安職員の突入という侵害行為に対し、スクラムを組みじつと踏みたえ、その後の積極的な個々の侵害行為に対しても、スクラムを切られまいとして頑張るという消極的な対抗を示したに過ぎず、逮捕の段階になつても、逮捕を免れるために積極的な攻撃を加えることなく、殆んど無抵抗の状態であつたから、被告人等を含む組合員の全部に通じ防衛の意思があり、且つその対抗行為は鉄道公安職員の積極的な侵害行為に比し相当且つ必要の程度を超えないものであり、又仮に、被告人両名に原判示の如き暴行があつたとしても、右は被告人両名の身体、自由に対する侵害並びに国鉄労組員としての団結権、団体行動権に対する侵害行為を排除するため、洵に已むを得なかつたものであり、且つ防衛の程度を超えないものである、というのである。

しかし本件ピケツトライン自体違法なものであることは前記第四において説示したとおりであるから、法律の保護に値しないものであり、鉄道公安職員等の本件ピケツト排除行為が同人等の正当な公務の執行と解し得べきことも、同第四において説示するところにより明らかであるので、所論はその前提を異にし、右前提を肯認し得ないことも既に説示したとおりであるから、所論正当防衛の主張は仔細に検討するまでもなく失当たること明らかである。これと同趣旨に出でた原判決の判断は相当であり、論旨は理由がない。

第六、検察官の控訴趣意第二及び弁護人等の同趣意第四点の二(緊急避難の成否についての主張)について。

検察官の論旨は要するに、原判決は、被告人両名につき、それぞれ鉄道公安職員原田武司及び同船倉安治に対し各暴行を加えた事実を認定しながら、右各所為は、いずれも逮捕される直前になされたものであり、この場合被告人両名は、いずれも現実に逮捕されんとする現在の危難があつたと認められ、且つ当時の事情を勘案すれば、被告人両名が右危難を避けるため逮捕せんとする者に対し、これを避けようとするの挙に出ることは、蓋し已むことを得なかつたといい得るとなし、刑法第三十七条第一項但書を適用し、被告人両名に対し各刑を免除する旨の判決を言渡したが、被告人両名は、鉄道公安職員がその職務行為として、本件ピケツトラインに加わりこれを指導していた被告人等を排除して車掌区に入らんとするに当り、前示鉄道公安職員両名に対し、原判示の如き各暴行を加えたため、公務執行妨害の現行犯人として逮捕せられるにいたつたもので、鉄道公安職員が、右ピケツトラインを排除する手段として被告人両名を逮捕せんとし、被告人等においてこれを避けるため右各暴行に出でたものではない。この事は証拠上明らかである。それ故、被告人両名が右各暴行に出でる以前、鉄道公安職員から逮捕されようとする現在の危難は全く存在しなかつた。然るに原判決が、被告人両名に逮捕されんとする現在の危難があつたと認定したのは事実の誤認である。又原判決説示のとおり、本件休暇闘争は違法であり、本件ピケツトライン自体も違法性を帯びるものであり、鉄道公安職員が、いわゆる実力行使によりピケツトラインを排除することは、鉄道事業の円滑な遂行を侵害するものを排除するものとして正当な公務の執行というべきであるから、これに対し反撃的抵抗としての暴行によつて違法なピケツトラインの維持を図るが如きは、刑法第三十七条にいわゆる已むことを得ざるに出でた行為とは到底認め難い。従つて原判決はこの点についても事実を誤認したものであり、且つ原判決は刑法第三十七条の解釈適用を誤つたか、理由くいちがいの違法を犯している、というのである。

弁護人等の論旨並びに答弁の要旨は、原判決は本件につき緊急避難の成立を認めているが、ただ被告人等の避難行為を「現実に逮捕されんとする現在の危難」のみに対するものと認定し、「これを避けようとするの挙動」についてだけ緊急避難が成立するとしているのは、事案の一面を見落したものである。鉄道公安職員のピケ破り行為が先ず「現在の危難」であり、副次的に鉄道公安職員の被告人等に対する逮捕行為を、右と同様の意味の「現在の危難」と見たい。従つて検察官が逮捕されんとする現在の危難は全く存在していなかつたと主張するのは明らかに誤である。又原判決は、本件における緊急避難を「被告人等の自由に対する侵害」のみに限定しているが狭きに失する。被告人等が避けようとした害は、被告人等の自由に対する侵害だけでなく、被告人等の団結権、団体行動権、身体に対する現在の危難及び被告人等の指揮下にあつた他の組合員の団結権、団体行動権、身体、自由に対する現在の危難も含まれる。更に原判決は、本件を過剰避難行為と認定しているが、右に述べたような被告人等の避けんとした害に比べると、仮に被告人等が原判示のような物理力の行使をしたとしても、その加害行為は極めて軽微なものであり、これを避難の度を超えた過剰行為と見ることはできない。これを要するに、原判決が緊急避難の成立を認めたのは正当であるが、これを過剰避難行為と認定したのは、緊急避難成立の前提たる事実を誤認し、引いて刑法第三十七条第一項の適用を誤つたものであり、検察官の論旨は理由がない、というのである。

按ずるに、本件休暇闘争が違法な争議行為であり、従つて本件ピケツテイングもこれを違法と解すべきこと、及び鉄道公安職員等が本件ピケツトラインに突入して排除行為に出たのは、被告人等がピケツト隊員等と共に違法なピケツトラインを張り国鉄営業の円滑な遂行を侵害することを止めないので、かかる侵害を排除すべき任務を有するものとしてこれを排除することを職務の執行としてなしたものであるから、これを正当な公務の執行と解し得ることについては上来既に説示したとおりである。鉄道公安職員の本件ピケツトライン排除行為をいわゆるピケ破りとする所論は独自の見解に過ぎない。従つて鉄道公安職員等の違法なピケツトラインを排除せんとしてこれに突入した行為をもつて現在の危難とすることはできないので、弁護人等の緊急避難の主張はその前提を欠くものであつて失当である。而して原判決挙示の原審証人原田武司、同山下慶治、同船倉安治、同竹之下勇の各証言によると、同人等が公務の執行としてピケツトラインの排除に当つていた際被告人両名がそれぞれ原判示暴行行為をなしたので、同人等はこれを公務執行妨害の現行犯人として逮捕したものであつて、同人等が先ず逮捕しようとしたのに対し被告人等が原判示のような暴行行為に出でたものではないことが認められ、右各証言は当審における事実の取調としての同人等に対する各証人尋問の結果に徴するもこれを措信するに足る。果してそうだとすると、原判決が被告人両名につき、それぞれ現実に逮捕されようとする現在の危難があつたと認めたのは、事実を誤認したものであり、右誤認にもとずき刑法第三十七条第一項を適用したのは法令の適用を誤つたものというべきであるが、原判決が、被告人両名につき、それぞれ現実に逮捕されようとする現在の危難があつたとして緊急避難の成立を認めた上、被告人等の各暴行行為を過剰避難行為と判断したのをもつて、緊急避難成立の前提たる事実を誤認し、引いて刑法第三十七条第一項の適用を誤つたものであると非難する弁護人等の所論は、その前提を失い、も早判断を加える余地がない。従つて弁護人等の論旨はいずれも理由がないが、検察官の論旨は理由がある。(右事実の誤認及び法令適用の誤は判決に影響を及ぼすべきこと明らかである。)

第七、弁護人等の控訴趣意第四の三、四(超法規的違法性阻却事由又は期待可能性理論による責任阻却事由ありとの主張)について。

所論はいずれも鉄道公安職員の本件ピケツトライン排除行為をもつて或は被告人等の団結権、団体行動権、及び身体、自由に対する不法な侵害といい、或は無法なピケ破りであるとなし、これを前提として超法規的違法性阻却事由ないし期待可能性理論による責任阻却事由があると主張するのであるが、右前提をとるを得ないことは上来既に説示したとおりであるので、所論はいずれも前提を欠き理由とならない。

よつて被告人等の各控訴はその理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべく、検察官の控訴は理由があるので、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、同法第三百九十七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書にもとずき当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人松隈攜は国鉄労組門司地方本部副執行委員長、被告人渡辺英生は同労組門司地方本部北九州支部執行委員長の各地位にあつたものであるが、同労組門司地方本部は、同労組中央本部闘争委員会の指令に基ずき、昭和二十九年の年末闘争第四波の一環として、管内の門司車掌区及び鳥栖車掌区において、同年十一月二十五日から同月二十七日までの三日間にいわゆる三割休暇闘争を実施することとした。而して被告人両名は右休暇闘争の現地指導部構成員で、共に門司車掌区における休暇闘争に参加してこれを指導し、被告人松隈攜はその最高責任者であつた。

門司車掌区における休暇闘争は、闘争期間の三日間において、急行列車その他の旅客列車及び鮮魚等の一部要急貨物列車の車掌を除き全出務車掌につき各日三分の一宛休暇をとらせる方法により実施し、この為被告人等の指導に基ずき同年十一月二十四日午後十一時半頃から門司車掌区その他要所に、多数の国鉄労組組合員をしてピケツトラインを張らせ、同車掌区等に出務する車掌の就労を阻止したので多数列車の運転休止、運転遅延を惹起するにいたつた。

同年同月二十五日午後五時二十分頃、東小倉車掌区より門司車掌区へ代務を命ぜられた助勤車掌太田文治が同車掌区に出務することとなつたので、鉄道業務の円滑な遂行を侵害する者を排除すべき任務を有する鉄道公安職員長野実教外七十名位が門司鉄道管理局総務部総務課長八川光男等と共にこれに附添い同車掌区に至つたところ、折柄同車掌区玄関前において、約八十名のピケツト隊員が数重のスクラムを組んで同玄関を塞ぎ、出務車掌の就労阻止態勢を固め気勢を挙げていたので、右八川総務課長等において太田車掌の通行方を申入れたが、現地指導者たる被告人松隈等に拒否されたため、已むなく右長野実教等鉄道公安職員において右就労阻止態勢の排除にかかつたところ、被告人両名は右ピケツト隊員等と共謀の上、右鉄道公安職員等に対し、スクラムを組みその結集した一致の力で押返す等の暴行を為し、なお被告人松隈攜は鉄道公安職員原田武司の肩を突き、その上膊部を叩き、被告人渡辺英生は鉄道公安職員船倉安治の右脚を蹴り、もつて鉄道公安職員の公務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人等の判示各所為はいずれも刑法第九十五条第一項、第六十条に該当するので、所定刑中各禁こ刑を選択し、その刑期範囲内において被告人両名をそれぞれ禁こ二月に処することとし、情状右各刑の執行を猶予するを相当と認めるので、同法第二十五条第一項により本裁判確定の日からいずれも一年間右各刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用の二分の一及び当審における訴訟費用の全部は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条に従い、被告人両名の連帯負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 木下春雄 裁判官 内田八朔)

弁護人等の控訴趣意

第三点 被害者の職務権限に関する法律適用の誤。

原判決はいかなる内容の公務執行が妨害されたと判示しているのか判決書のなかでは、どうも分りにくい。しかし原審における検察官の主張及び原判決の「罪となるべき事実」、「弁護人等の主張にたいする判断」を綜合して判断すると、原判決が被告人両名の暴行によつて侵害されたとしている公務の内容は、「鉄道業務の円滑な遂行を侵害するもの(註ピケのことを指しているらしい)を排除」する職務(原判決書三枚目裏八行)、「ピケツトラインの就労阻止態勢を排除」する職務(原判決書四枚目表一行)、「ピケツトラインを排除すること」(原判決書十一枚目裏八行)を意味しているもののようである。これは、起訴状の公訴事実中の、「鉄道業務の円滑な遂行を侵害するものを排除すべき任務を有する鉄道公安職員」、「右就労阻止を排除しようとした際」という部分に照応するものであつて、原審検察官も原判決も、鉄道公安職員がピケ隊を排除し、助勤車掌に道を開けてやる行為を、被告人等から妨害された公務執行の具体的内容とみているということができる。しかしながら、鉄道公安職員には実力でピケラインを排除する職務権限はないから、かりに被告人等が鉄道公安職員のピケ排除行為を暴行もしくは脅迫によつて妨害したとしても、公務執行妨害罪は成立しない。これに反する判断をした原判決は、鉄道公安職員の職務権限を誤解し、刑法第九五条第一項の適用を誤つたことになるから、原判決は刑訴法第三八〇条によつて破棄さるべきである。

原審第一回公判において、弁護人は検察官に対して、「起訴状に鉄道業務の円滑な遂行を侵害するものを排除すべき任務を有する鉄道公安職員と記載ある法的根拠はなにか」と釈明を求めた。これに対する検察官の釈明は、「日本国有鉄道法(日鉄法)第三二条、鉄道公安職員基本規程(基本規程)」であるということだつた。主任弁護人がさらに具体的条文の明示を求めると、亀岡検事は日鉄法については第三二条第一項、基本規程については第三条第五条をあげた亀岡検事の釈明は西村検事にも引継がれたが、その後昭和三二年一一月一五日付釈明書によつて、水之江検事は亀岡検事の右釈明を補正した。水之江検事の新しい主張は、「鉄道公安職員長野実教外数十名が右ピケ隊を押し分けて就労阻止を排除した行為は、鉄道営業法第四二条の規定に基づくく職務行為であつて、さらにその職務行為は、前記日本国有鉄道法第三二条第一項鉄道公安職員基本規程第三条第二号(旅客公衆の秩序維持)第五条によつて鉄道公安職員の任務の側面からも明白に規定せられているものである。したがつて、本件鉄道公安職員の公務は鉄道営業法にも基くものであり、鉄道公安職員基本規程と鉄道営業法の右関係条文は本件鉄道公安職員の公務と表裏一体的に規定したものである」と、わかつたようなわからないような、なんとも意味のくみとりにくいことになつた。そこで右の検察官釈明を手がかりに、鉄道公安職員に実力でピケを排除する権限があるかどうかの検討に入ることにしよう。

一、「妥当な法の手続」について

憲法では個人の基本的人権に影響を及ぼすような強権力の行使は、法律の定める手続による以外は許されないことになつている。その一般的な宣言が憲法第三一条の「法定手続の保障」であり、特殊な問題に関する「法定手続の保障」については、憲法第三二条以下に規定せられている。憲法第三一条は、「何人も法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられない」としているが、ここに「法律の定める手続」とは、法律で定められてさえいれば、どんな手続でもよいという意味ではない。法律の定める手続とは、さらに法律で定められた妥当な手続でなければならない。したがつてそれはいわゆる「妥当な法の手続(due Process of Law)」と同じ趣旨である(宮沢、日本国憲法コンメンタール二八四頁)。その意味を宮沢教授は、憲法第三一条は「そうした法律の定める手続きの諸原則を表明していると解されるから、それらを手がかりとして個々の場合にその手続がはたしてここにいう法律の定める手続に当るかどうかを判定することはかならずしもむづかしくはあるまい」(宮沢、前掲一一八五頁)と説明している。そこで本件の問題点は、鉄道公安職員基本規程第三条第二号、第五条及び鉄道営業法第四二条が、憲法第三一条にいう「法律の定める手続」にあたるかどうかである。基本規程や鉄道営業法が個人の自由を奪うための「妥当な法の手続き」を規定したものでないことになると、ピケツテイングを実力で突き破つた鉄道公安職員の実力行使は、正しい法的根拠を失うことになり、公安職員の職務執行行為そのものが違法になる。

二、鉄道公安職員基本規程は公安職員の実力行使の根拠になるか

まず鉄道公安職員基本規程であるが、これは国鉄総裁が国鉄内部に流した示達の一つである。国会の議決を経て作られた法律ではないこんな総裁達が国民の自由を侵害するための妥当な法の手続たり得ないことは、法律を学ぶ者のイロハであろう。亀岡検事と西村検事は鉄道公安職員が実力行使をした根拠は基本規程なりと主張していたが、さすがに水之江検事はこの誤りに気づいたのか、公判の終りごろには、基本規程ということをあまりいわなくなつた。原判決は、弁護人等の主張にたいする判断のなかで、鉄道公安職員基本規程第三条を説明しながら、「乗務車掌が列車乗務を阻止されることが充分予想されるとき、これを防護することはその(鉄道公安職員の)当然の任務でもある」(原判決書十枚目裏十三行、十四行)と判示している。これが、国民の自由を侵害するような手段を用いてまで「防護」し得るという趣旨であれば、もちろん誤りである。憲法第三一条は、何人も「法律」の定める手続によらなければ自由を奪われないことを保障しているのであるから、法律でない基本規程によつて国民の自由を奪うような防護ができるはずはないからである。いずれにしても、鉄道公安職員基本規定からは、公安職員が実力でピケ隊を排除できる職務権限はでてこない。

三、鉄道営業法は鉄道公安職員の実力行使の根拠になるか

それでは鉄道営業法第四二条は、公安職員がピケ隊を実力で排除する根拠になり得るか。鉄道営業法についても、弁護人等は公安職員の実力行使の根拠にはならないと考えている。鉄道営業法はなるほど法律である。そしてその第三七条には、「停車場その他鉄道地内にみだりに立入りたる者は十円以下の科料に処す」とあり、第四二条では「鉄道係員は旅客及び公衆を鉄道地外に退去せしむることを得」となつている。条文の表面だけを読むと、これで鉄道公安職員はピケ隊を実力で排除できるのではないかという感じもする。だが憲法第三一条の精神と鉄道営業法の立法趣旨や条文の意味を検討すると、そういう解釈が大きな誤りであることがわかる

(イ) 第一に、憲法第三一条で定めた「妥当な法の手続」の意味をも一度考えてみる必要がある。現行法のなかで個人の自由を奪うための妥当な法の手続きとして争いないものは、つぎのようなものである(岩波六法全書中憲法第三一条の註)。まず民法第八二二条に規定された親権者の子に対する懲戒手続、民法第八五七条に規定された後見人の未成年者に対する懲戒手続、精神衛生法第二〇条ないし第四八条に規定された精神障害者に対する医療及び保護手続、少年法第二四条以下に規定された少年に対する保護処分の手続、また刑事訴訟法や同規則、法廷等の秩序維持に関する法律第三条以下、警察官職務執行法第二条ないし第五条など。これらが人権侵害にたいするいわゆる妥当な法の手続にあたることは殆んど異論がない。

右に列挙された各場合を検討すれば分るように、自由を制限するための妥当な法の手続きのなかには、個人の自由を制限するための条件とその手続きが、基本的人権尊重の立場から具体的に規定されている。どういう場合にどういう手続で個人の自由を奪つてよいのかそれが間違いの起る余地がないように明示される。厳密に法律で明示された条件と手続きに従つてのみ、個人の自由を制限することが認められているのである。例えば警察官を例にとつてみよう。警察官が精神錯乱者や迷い子、病人などを保護するための条件と手続きは、警察官職務執行法第三条に具体的に規定されている。警察官が犯罪を予防したり制止したりするための条件と手続きは、同法第五条に明示されている。こういう具体的な法律の明文があつてはじめて、警察官は実力行使ができるのである。それでは鉄道営業法はどうだろうか。同法第四二条は、「左の場合に於いては鉄道係員は旅客及び公衆を車外又は鉄道地外に退去せしむることを得」と規定して、退去せしめ得る各場合を第一号から第四号まで列挙しているが、この条文でまず気付くのは、退去せしめ得る場合を列挙していながら、退去せしめるための手続を規定していないことである。さきにあげた民法第八二二条同第八五七条精神衛生法第二〇条ないし四八条、少年法第二四条以下刑事訴訟法、同規則、警察官職務執行法等の法律が自由を奪うための「手続き」を詳細に規定しているのに較べて、その違いは歴然としている。つぎに特徴的なのは、驚くほど軽微な違反行為に対して、一定の場所からの退去という大きな自由の剥奪を規定していることである。鉄道営業法第四二条で車外又は鉄道地外に退去せしむることを得とされているのは、例えば有効な乗車券を所持せず乗車した者(第一号)、乗車券の検査を拒んだ者(第一号)、車内や停車場その他鉄道地内において寄附を請い物品の購買を求め物品を配付しその他演説勧誘等の所為をなした者(第三号)などである。停車場その他鉄道地内にみだりに立入つた者についても同様である。右のような違反行為は警察官職務執行法で規定されている警察官の職務執行の条件に較べると、甚だしく軽微である。これらは、逮捕状の請求も、現行犯逮捕も認められないほどのものである。こういう軽微な違反行為について、鉄道営業法第四二条は、これらの者を「退去せしむることを得」としているのである。こういう鉄道営業法の規定を憲法第三一条の「妥当な法の手続き」の一つとすることが出来るであろうか。鉄道営業法の立法趣旨や条文の内容からみて、同法第四二条は個人の人権を強制的に制限するだけの権限を与えた妥当な法の手続きにはあたらないと解するほかはない。鉄道営業法第四二条各号に該当する行為があつたら、鉄道係員は実力による強制にわたらない限度で、その者に退去を要求することはできるであろう。しかし強制に至らない退去要求に応じようとしない「旅客又は公衆」に対しては警察官に依頼して警察官職務執行法第五条に基づく実力行使をしてもらうほかはない。こういう解釈をとると、鉄道当局としては日常業務の処理にいくらかの不便を感じることになるかも知れない。しかしその不便は、鉄道公安職員に警察官職務執行法に相当する一般的な実力行使の根拠法が認められていないためにおこることであつて、現行法の解釈としては、どうしようもないことである。

(ロ) 第二に、問題になるのは、門司車掌区前のピケ隊は鉄道営業法第三七条の「鉄道地内にみだりに立入りたる者」に当るかどうかである。ここでは労働組合運動でいつも問題になる管理権と団体行動権の衝突がおこる。国鉄当局は鉄道敷地に対して、管理権をもつている。管理権の法的表現が鉄道営業法第三七条同第四二条第三号である。他方国鉄職員は団結権、団体行動権を保障されている。争議権こそ禁止されているものの、国鉄職員に対しては、争議権以外の種々の団体行動権及び団結権が認められているのである。国鉄職員のもつているこの団結権、団体行動権は、鉄道敷地の内であろうと外であろうと、場所の如何によつて制限されることはない。駐留軍労務者が課せられているような地域による団結権、団体行動権の制限は、国鉄労働組合の組合員にはないのである。してみると鉄道敷地内で組合員がピケを張るのを「鉄道地内にみだりに立入りたる者」にあたるというのは暴論である。この点について原判決は、「本件において、ピケツトラインを張ることじたいが、前述の通り違法であるから(罰則こそないけれども)これは、鉄道営業法第四十二条第一項第三号第三十七条により、妄りに鉄道地内に立入りたる者というべきである」と、右と反対の趣旨を判示した。この判示は、本件ピケツテイングを違法とした点で、重大な誤りをおかしている。原判決が本件ピケを違法とした根拠は、「本件ピケツトラインは、右の休暇斗争という争議行為を裏付けるものであり、右休暇斗争をして実効あらしめるために張られたものである」、「休暇斗争という争議行為じたいが前示の通り違法であるから、これを強行するための統制手段たるピケツトラインじたいも亦違法性を帯びることを免れない」という立場である。そして原判決が違法という意味は、「罰則こそなけれども」とことわり書きしているところからみると、公労法第十七条違反の争議行為だということらしい。だが、こういうピケツトのとらえ方が誤りであることは、弁護人等が原審で大いに強調したところである。ピケツテイングは通常争議行為の補助手段(吾妻教授)または争議行為に随伴する行為と説明されている。しかしピケツテイングは争議行為と同一概念ではない。むしろそれよりも範囲の広いものである。ピケツテイングが争議行為の補助手段としてスト破り防止の役割を果すことはいうまでもないが、ストライキと関係なく、組合内部の結束を固め団結を維持するためのピケツテイングというものがある。また、外部に向つて団結の威力を誇示し、斗争に対する共感を求めるためのピケツテイングもある。ピケツテイングの目的は多種多様である。争議行為と直結したピケ(例えば吾妻教授のいう争議行為の補助手段としてのピケ)は、争議権が保障されたと同じ法理で、その合法性が保障されているとみなければならない。争議行為と直結しないピケ、例えば組合内部の結束を固めたり団結の威力を外部に誇示するという目的のためのピケは、争議行為以外の「団体行動をする権利」(憲法第二八条)、または争議行為以外の団体交渉「その他の行為」(労組法第一条二項)として、適法性が保障されている。団結の示威という面から捉えられるピケツテイングは、憲法第二一条一項の「言論の自由」という観点からも、その合法性が説明されている。アメリカにおいてピケツテイングの合法性が言論の自由の一種として理解されていることは、このことを物語る。ピケツテイングが右のような性格をもつているとすると、公労法の適用下にある労働者の行うピケの合法性はおのづから説明がつく。国鉄労働者には、業務の正常な運営を阻害する争議行為が禁止されているだけであつて、その他の団体行動までも制限されているわけではない。したがつて国鉄労働者に争議権がないからといつて、国鉄労働者がピケを張つていけないという理屈はでてこないのである。国鉄労働者の行うピケの合法性については、ピケの行われる目的、手段その他諸般の事情を綜合して判断するほかはない。現実にわが国で行われている国鉄労働者のピケは、単に争議行為の補助手段ないし随伴行為として行われるのは稀といつてよい。そういう意味でピケが行われることも勿論あるが、それとは別に、国鉄労組の内部の団結意識を固め、併せて外部に対して団結の威力を誇示し、斗争えの協力を求めるというピケが行われている。本件のように、右の諸目的のほかに、就労阻止のゼスチヤーを示すための目的(前述)を併せもつている場合もある。また、デモストレーシヨンとしてのピケも決して少くない。こういう複雑な意味をもつピケは、公労法下においても、一般に正当な団体行動権の行使として認められなければならない。「国鉄労働組合員のピケは一切違法と解しているのか、それとも本件の場合のピケが特に違法と解しているのか」という弁護人の釈明要求に対して、原審検察官は第二回公判で、「国鉄労働組合員の本件の場合が違法である」と釈明しているが、これは原審検察官が国鉄労組のピケでも違法である場合とそうでない場合があり得ることを認めたものとみてよいであろう。右のようなピケツテイングの合法性は休暇斗争の合法性とは一応切り離して考えられる。休暇斗争が本来合法的な斗争戦術であれば、本件ピケツテイングの合法性については異論の余地がない。だがかりに休暇斗争の合法性に問題があるという立場をとつたにしても、本件ピケツテイングの合法性は、それによつていささかの影響もうけるものではない。なぜならば門司車掌区勤務の車掌が休暇斗争に入つたのは国鉄労組の中央指令にもとづくものであり、ピケ隊によつて休暇斗争に突入させられたのとは違う。組合の中央指令に従つて当然休暇斗争に入ることになつていた組合員を、組合員が励まし説得し(言論の自由)集会場に誘導し、併せて団結の威を示したというのが、本件ピケツテイングである。説得や誘導示威の手段として、暴行脅迫その他これに類する威力が用いられなかつたことは、原審検察官も争つていない。こういうピケツテイングは、休暇斗争の合法違法論と関係なく、正当な団結権、団体行動権の行使または言論の自由にもとづく説得行為として、正当である。このような本件ピケを、「鉄道地内にみだりに立入りたる者」というのは、恐るべき暴論である。

(ハ) 第三に、国鉄職員は鉄道営業法第四二条にいう「旅客及び公衆」にはあたらない。鉄道営業法はがんらい鉄道経営者と第三者(旅客及び公衆)との関係をきめたもので、鉄道経営内部の秩序維持などを目的にした法律ではない。鉄道営業法の全条文を検討すれば、そのことは明らかである。「停車場その他鉄道地内にみだりに立入りたる者は十円以下の科料に処す」という規定は、「第三章旅客及び公衆」のなかの一条文としてきめられており、同法第四二条が鉄道地外に退去せしむることを得としている相手方は、「旅客及び公衆」のみである。鉄道営業法の立法趣旨がすでにそうであるが、「旅客及び公衆」の厳格な字義解釈からしても同様の結論に到達する。したがつて国鉄職員である門司車掌区前のピケ隊員に対して、鉄道営業法第四二条によつて退去を強制できるとする検察官の主張及び原判決の認定は誤りである。原審検察官の論告を聞くと、門司車掌区勤務の職員でもピケのために車掌区前にいたら「旅客及び公衆」にあたるものとして退去を要求する相手方になると述べている。立法論としてなら格別、現行法の解釈としてそういう主張をしているのであれば、「旅客及び公衆」の字句をあまりにも恣意的に解釈したものというほかはない。原判決はこの問題について、「尤も、右法律(鉄道営業法)第四十二条は旅客公衆を対象とするが、本来この法条は、鉄道地内に妄りに立入つているものを排除して輸送業務の円滑な遂行を確保するのが立法理由であるから、この理は対象が鉄道職員であるからといつて、その適用を妨げられると解すべきではない」(原判決書十一枚目裏三行ないし七行)と判示した。これは罪刑法定主義を無視した危険きわまりない解釈である。鉄道営業法第四二条が退去の対象として規定しているのは、あくまでも「旅客及び公衆」であつて、その他の者は含まれない。どういう実際上の必要があろうとも、この条文を、旅客でも公衆でもない人にまで押し及ぼすことは許されない。したがつて、鉄道営業法第四二条によつては、旅客でも公衆でもない国鉄職員を退去させることはできないのである。

(ニ) 第四に、門司車掌区前で実力行使をした鉄道公安職員は、鉄道営業法第四二条の「鉄道係員」ではない。第四二条が「退去せしむることを得」としている主体は、鉄道係員である。それ以外の者ではない。鉄道営業法にいう鉄道係員については、同法第二章で具体的に説明してある。ここにいう鉄道係員とは、それぞれの職場で旅客及び公衆に対する職務を担当している職員のことである。甲駅勤務の職員は甲駅の職場において甲駅の業務範囲に属する事項については、鉄道係員としての職務権限を与えられる。しかし甲駅以外の職場において、甲駅の業務と関係ないことについては、鉄道係員としての権限をもたない。鉄道係員とは鉄道職員というような包括的な概念ではなく、右のような限定的な意味における用語である。したがつて、本件で問題になつている鉄道公安職員のごときは、鉄道係員のなかにはとうてい含まれない。よつて鉄道公安職員は、鉄道営業法第四二条によつて旅客及び公衆を退去せしめ得る主体にはなり得ないことになる。

以上を要約するとつぎのとおりである。まず、鉄道営業法は憲法第三一条の「妥当な法の手続き」にはならない。したがつて鉄道営業法によつては、個人の自由や人権を侵害するような実力行使をすることはできない。しかしかりに鉄道営業法が「妥当な法の手続き」の一つになり得ると仮定しても、同法第三七条及び第四二条第三号の解釈上、鉄道公安職員が本件ピケを実力によつて排除するという適法性は出てこない。また、鉄道公安職員のピケ破り行為が違法なことは、鉄道公安職員制度が作られるときの経過からも認められる。鉄道公安職員の職務に関する法律が制定されるとき、最も心配されたことは、鉄道公安職員が国鉄職員の労働組合運動弾圧に使われることがないかということであつた。しかし国鉄当局は、鉄道公安職員は列車に関する犯罪、たとえば列車内の荷抜きや置き引きなどを取締るためのものであつて、労働組合運動にはぜつたいに用いないと言明したので、社会党も賛成票を投じて、右法律が制定されるにいたつた(東京出張尋問における猪俣浩三、多賀谷真稔、佐瀬昌三の証言)。その後昭和二十九年十二月三日の衆議院法務労働連合委員会でこのことが問題になつたとき、立法に関与した政府委員小木貞一は、「ただこの際御参考に申し上げますが、当時の古い書類の中に本法の立案についての考え方、まあ原案の原案とでもいうようなものが当時の国鉄の担当の責任者から出されておるのであります。それによりますと第十五条におきまして鉄道公安官、鉄道副公安官は労働組合の正当な行為を妨害してはならない、こういうふうに書いておるのであります。この条文は他の数箇条とともにこれは当然明瞭な事柄であるというような意味で削除いたしたのであります」と述べている(第二十回国会衆議院法務労働委員会連合審査会議録)。本来労働組合運動には介入させないという建てまえで作られた鉄道公安職員が、立法の精神に反して本件労働組合運動に使用されたのである。以上どの点からみても鉄道公安職員にはピケ隊を実力による強制力を用いて鉄道地外に退去せしめる権限はないのである。

四、公務執行妨害罪の不成立

鉄道公安職員が実力でピケを排除する権限がないことは、すでに詳述したとおりであるが、ピケ排除の権限をもたない公安職員の違法なピケ排除行為に対しては、仮りに暴行脅迫が加えられたとしても刑法第九五条の公務執行妨害罪は成立しない。公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務執行が適法なものであることを要するかどうかについては、種々の議論がある。学界の通説は適法な職務執行についてのみ公務執行妨害罪が成立するという見解をとつているが(滝川各論二六六頁、井上各論二四六頁、刑事法講座四巻六七四頁)、いやしくも公務員の職務行為と認むべきものであればその行為は刑法第九五条の保護に値いするとする有力な反対説があることも、周知のとおりである(小野講議各論二〇頁)。しかしわが国の判例の支配的傾向は、公務執行妨害罪成立のためには、職務行為の適法性を必要とする立場に立つているものとみてよい。例えば「公務執行妨害罪の成立するにはその妨害が公務員の適法なる職務の執行に当り為されることを要し」(大判昭七・三・二四刑集一一・二九六)といい、又「刑法第九五条所定の公務員の職務の執行は適法なることを要することは勿論である」(大阪高判昭二八・一〇・一刑集六・一一・一四九七)というごときは、その例である。右のような一般的傾向に対して、違法な職務行為についてもなお刑法第九五条の成立を認めようとする少数の裁判例がないわけではない。この少数説では、職務執行の違法性の程度を問題にする場合が多い。職務執行におけるわずかな手続違背があつても、それに対しては公務執行妨害罪が成立するというような考え方である(福岡高判昭二七・一・一九刑集五・一・二)ひるがえつて、本件鉄道公安職員のピケ排除行為ごときに対して、公務執行妨害罪が成立するであろうか。鉄道公安職員が公務員でないということになれば、こういう問題はもちろん解消する。非公務員に対して公務執行妨害罪が成立しないことは、明らかだからである。したがつてこれは、あくまでも公安職員が公務員だつたとしたらという前提にたつての議論である。弁護人の主張は、鉄道公安職員にピケを排除する権限がまつたくないということである。本来公務員がもつている職務権限を行使するときに、その手続きを誤つたということではない。行使のやり方が行きすぎたということでもない。もともと存在しない権限を行使して、個人の人権を侵害したというのである。したがつてこれは、越権行為の最たるものである。こんな行為が適法な職務執行でないことは多く論ずるまでもない。職務執行行為とさえいえないような越権行為であるから、このような鉄道公安職員の行為に対しては、仮りに被告人等から暴行もしくは脅迫が加えられたとしても、刑法第九五条の公務執行妨害罪は成立する余地がないのである。しかるに原判決は、鉄道公安職員に実力でピケ隊を排除する権限があるものと誤解し、被告人等にたいして公務執行妨害罪の成立を認め、刑法第九五条第一項を適用した。このような原判決は、刑法第九五条第一項の適用を誤つたものであり、この誤りは原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は刑訴法第三八〇条によつて破棄さるべきである(原判決がこのような法律適用の誤りを導きだした理由は、憲法第三一条鉄道営業法第三七条、同第四二条、鉄道公安職員基本規程の解釈を誤つたためである。したがつて本控訴趣意を排斥する場合には、排斥の理由として、右にあげた憲法第三一条以下の論点についての判断を示されたい)。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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